が、また引きかえして、堀川《ほりかわ》へはいった。彼は神奈川沖へ出た時に、伝馬にペンキで書かれてあった万寿丸を、シーナイフで削り取ってしまった。
 彼は、翁町《おきなまち》の、彼が泊まりつけのボーレンの、サンパンのつながれる場所へ、その伝馬をつないだ。そして、小林という、そのボーレンへ、のこのこ上がって行った。
 ボーレンのおやじは、笊《ざる》のような彼の唯一の財産なるサンパンに、チャンス取りに泊まってる宿料なしの水夫を船頭にして、沖へとチャンスを取りに出かけた留守であった。
 おばさんはいた。下手《へた》な田舎芝居《いなかしばい》の女形《おやま》を思わせる色の黒い、やせたヒョロヒョロの、南瓜《とうなす》のしなびた花のような、女郎上がりのおばさんだった。一口にいえば「サンマ」のおばさんだった。このおばさんはいた。
 このおばさんはおやじのおかみさんではなかった。おやじの世話で船に乗って、今外国船に乗って、ここ四年ほど前ハンブルグから、近いうちに帰るという手紙と、金二百円とを送ってよこした水夫の、おかみさんだった。
 そのおかみさんが、今帰るか、今帰るかと待ってるうちに、二百円と一年とが
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