その衣類にも皮膚にもなかった。彼らはそのまま、帰るということが不可能であることは、最初から感じたところであった。その合羽《かっぱ》はもちろん、その仕事着さえもパリパリと凍っていたのである。
 船長は十円に非常な執着を感じたが、それよりも彼はやっぱり、その命の方に団扇《うちわ》を上げた。彼は内ポケットから、十円札を出して三上に渡した。そして、何かいおうとしたが、ハッと口をつぐんだ。
 そして、彼はそのまま、波止場を出て、俥《くるま》の帳場へ行った。
 彼はそのまま、警察へ電話をかけようとしてまたやめた。今夜かけると、おれは家で寝るわけには行かなくなる。それにおれは今夜は上陸してはならないはずなんだ。それはごまかしはついても、とにかく、今夜は家へ!
 俥《くるま》の帳場は、同時に自動車屋を兼ねていた。船長は自動車によって、その家へと宙を飛んで帰った。そして、途中の計画をすっかり忘れて、自分の家の前まで自動車を乗りつけてしまった。
 彼は、暖かい家庭の人となった。妻は、彼がおそくなった事情は、「水夫の一人《ひとり》で三上という悪党がワザとそうしたのであって、おまけに主人から十二円を強奪した。
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