や孫の場合に、断然取りかへすといふことがある。爺さんが若ければ孫も若いのだ。

    下

 肥え担ぎ競走は、おそらく農村独特の増産競技であった[#「あった」はママ]。役場と産業組合と国民学校の対抗リレーで、スタートには村長と、組合長と、校長とが並んだ。
 まさかいくら何でも、本ものは入れて走れないので、清水を八分目くらゐ湛へた。
 ヨーイ、ドン、で駆け出したのだが、村長さんも組合長さんも日頃馴れてゐることとて、腰の据り方といひ、手の振り方といひ、足の運び方といひ堂に入つたものであつた。が、おそらくさつぱり駄目だらう、といふ予想を裏切つて校長も農民の誇りを傷つけるやうなことはなく、抜きつ抜かれつ、水をこぼすまいとして走る、組合長と村長の後を続いた。組合長が直線コースで校長を抜いた時は大喝采が起つた。
 次ぎのランナーは、みんな年が若かつたので、元気にまかせて、担いでゐるのが肥えの筈であることを忘れて、ポチャポチャやりながら駆け出し疾走し始めた。審判員がこぼれただけの水を補給しようとして、バケツを持つて追つかけて、打ちあけるのだが全部は入らないといふ風だつた。
 縄なひリレーは十四区か
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