といふものは人間の重心であるから、この蟻はその運搬の技法からいへば、完全に近かつた。だが、悲しいかな、私の方が蟻より大きかつたものだから、蟻の足は岩に届かないで、私の臍の近くでつゝぱつてゐるだけだつた。おそろしく鋭い痛みだつた。ほんとに私を巣の中に運び込まうとする気魄が感じられた。見ると外にも大小の蟻がゐるのである。
 これは堪まらぬ、と私は早々に蟻を払ひ落して、岩を伝はつて逃げ下つた。
「人間に食ひついた最初の蟻だらう、それは。その島では」と、折から忙しい中を講演に来てくれたK君が、笑ひながら、臍の話を批評した。
 夏中釣りをしたため、今年は私の健康はいゝ。その後もずつと運動を続けてゐるので。
 今日は稲扱きの小閑を盗んで村民運動会である。村中が、どんなに前々からこの日を喜び待つてゐることか。まるで大人も子供のやうにである。といへば、私たちの村では、大人も子供のやうに淳朴である。
 競技は各区が単位になつて十数区で行はれるが、その中に「三代リレー」といふのがある。これはお爺さん、お父さん、息子、といふリレーである。この選手にこと欠かないから驚く。お爺さんの場合歩が悪くても、息子の場合
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