らな、だが二分は持ってるだろうな」
 私はポケットからありったけの金を攫《つか》み出して見せた。
 もうこれ以上飲めないと思って、バーを切り上げて来たんだから、銀銅貨取り混ぜて七八十銭もあっただろう。
「うん、余る位だ。ホラ電車賃だ」
 そこで私は、十銭銀貨一つだけ残して、すっかり捲き上げられた。
「どうだい、行くかい」蛞蝓《なめくじ》は訊《き》いた。
「見料《けんりょう》を払ったじゃねえか」と私は答えた。私の右腕を掴《つか》んでた男が、「こっちだ」と云いながら先へ立った。
 私は十分警戒した。こいつ等三人で、五十銭やそこらの見料で一体何を私に見せようとするんだろう。然も奴等は前払で取っているんだ、若《も》し私がお芽出度《めでた》く、ほんとに何かが見られるなどと思うんなら、目と目とから火花を見るかも知れない。私は蛞蝓《なめくじ》に会う前から、私の知らない間から、――こいつ等は俺を附けて来たんじゃないかな――
 だが、私は、用心するしないに拘《かかわ》らず、当然、支払っただけの金額に値するだけのものは見得ることになった。私の目から火も出なかった。二人は南京街の方へと入って行った。日本が外
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