淫賣婦
葉山嘉樹

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)若《も》し私が

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)憎ったらしい程|図々《ずうずう》しく
−−

此作は、名古屋刑務所長、佐藤乙二氏の、好意によって産れ得たことを附記す。
――一九二三、七、六――

    一

 若《も》し私が、次に書きつけて行くようなことを、誰かから、「それは事実かい、それとも幻想かい、一体どっちなんだい?」と訊《たず》ねられるとしても、私はその中のどちらだとも云い切る訳に行かない。私は自分でも此問題、此事件を、十年の間と云うもの、或時はフト「俺も怖《おそ》ろしいことの体験者だなあ」と思ったり、又或時は「だが、此事はほんの俺の幻想に過ぎないんじゃないか、ただそんな風な気がすると云う丈《だ》けのことじゃないか、でなけりゃ……」とこんな風に、私にもそれがどっちだか分らずに、この妙な思い出は益々濃厚に精細に、私の一部に彫りつけられる。然しだ、私は言い訳をするんじゃないが、世の中には迚《とて》も筆では書けないような不思議なことが、筆で書けることよりも、余っ程多いもん
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