考えていたんだ」と考えて見ても、もう思い出せなかった程の、つまりは飛行中のプロぺラのような「速い思い」だったのだろう。だが、私はその時「ハッ」とも思わなかったらしい。
 客観的には憎ったらしい程|図々《ずうずう》しく、しっかりとした足どりで、歩いたらしい。しかも一つ処を幾度も幾度もサロンデッキを逍遙《しょうよう》する一等船客のように往復したらしい。
 電燈がついた。そして稍々《やや》暗くなった。
 一方が公園で、一方が南京町《ナンキンまち》になっている単線電車通りの丁字路の処まで私は来た。若し、ここで私をひどく驚かした者が無かったなら、私はそこで丁字路の角だったことなどには、勿論《もちろん》気がつかなかっただろう。処が、私の、今の今まで「此世の中で俺の相手になんぞなりそうな奴は、一人だっていやしないや」と云う私の観念を打ち破って、私を出し抜けに相手にする奴があった。「オイ、若けえの」と、一人の男が一体どこから飛び出したのか、危く打《ぶ》つかりそうになるほどの近くに突っ立って、押し殺すような小さな声で呻《うめ》くように云った。
「ピー、カンカンか」
 私はポカンとそこへつっ立っていた。私
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