。だが、そんな馬鹿なこたあない。死体が息を吐くなんて――だがどうも息らしかった。フー、フーと極めて微かに、私は幾度も耳のせいか、神経のせいにして見たが、「死骸《しがい》が溜息をついてる」とその通りの言葉で私は感じたものだ。と同時に腹ん中の一切の道具が咽喉《のど》へ向って逆流するような感じに捕われた。然し、
 然し今はもう総《すべ》てが目の前にあるのだ。
 そこには全く残酷《ざんこく》な画が描かれてあった。
 ビール箱の蓋の蔭には、二十二三位の若い婦人が、全身を全裸のまま仰向《あおむ》きに横たわっていた。彼女は腐った一枚の畳の上にいた。そして吐息は彼女の肩から各々が最後の一滴であるように、搾《しぼ》り出されるのであった。
 彼女の肩の辺から、枕の方へかけて、未《ま》だ彼女がいくらか、物を食べられる時に嘔吐《おうと》したらしい汚物が、黒い血痕《けっこん》と共にグチャグチャに散ばっていた。髪毛がそれで固められていた。それに彼女の(十二字不明)がねばりついていた。そして、頭部の方からは酸敗《さんぱい》した悪臭を放っていたし、肢部からは、癌腫《がんしゅ》の持つ特有の悪臭が放散されていた。こんな異
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