グヰンは何故《なにゆえ》に都の避暑客の集っているこのマーゲートへきたのであろう。而《しか》も一時間も前に同じ汽車でこの土地に着いていながら、今迄|何処《どこ》にいたものであろう。そして最も訝《おか》しいのはグヰンの服装が停車場で見た時と異《ちが》っていた事である。彼女は白いブラウスの上に、真紅《あか》い目の醒《さ》めるようなジャケツを引《ひっ》かけていた。それよりも尚《なお》泉原の心をひいたのは、心持ち唇をかむようにして、じっと空間を見据えている彼女の横顔であった。泉原は一緒に暮していた経験から彼女の癖をよく知っていた。
「そうだ。グヰンはこの土地で何事か大事な事を謀《たくら》んでいるに違いない。」と彼は思った。彼女は何処へゆくか知らぬが、服装《みなり》から考えても今夜はこの土地に宿《とま》る事は明かである。今更自動車の後を追ったところで、的《あて》がない訳だ。広くもないマーゲートの事であるから、明日《あす》になってから彼女の住居《すまい》を突止める事にしようと思った。
 彼はとある横町でようやく粗末な料理店を見付けた。
 食事時間を大分過ぎていたので、僅《わずか》に数える程の客があち
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