緑衣の女
松本泰

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)泉原《いずみはら》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)砂|塵《ほこり》

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)うつら/\日を送っている
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
−−

        一

 夏の夕暮であった。泉原《いずみはら》は砂|塵《ほこり》に塗《まみ》れた重い靴を引きずりながら、長いC橋を渡って住馴《すみな》れた下宿へ歩を運んでいた。テームス川の堤防に沿って一区|劃《かく》をなしている忘れられたようなデンビ町に彼の下宿がある。泉原は煤《すす》けた薄暗い部屋の光景を思出して眉を顰《ひそ》めたが、そこへ帰るより他にゆくところはなかった。半歳近く病褥《とこ》に就いたり、起きたりしてうつら/\日を送っているうちに、持合せの金は大方|消費《つか》って了《しま》った。遠く外国にいては金より他に頼みはない。その金がきれかゝったところで、いゝ工合に彼の健康も恢復《かいふく》してきた。彼の目下《もっか》の急務は職に就く事であった。彼はこの数日努めて元
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