気を奮い起して職を求め歩いた。彼は以前|依頼《たの》まれて二三度絵を描《か》いたバルトン美術店の主人を訪ねて事情を打明けたが、世間の景気がわるいので何ともして貰《もら》う事は出来なかった。その時泉原が不図《ふと》思い浮べたのは同店の顧客《とくい》のA老人であった。老人は愛蘭《アイルランド》北海岸、ゴルウェーの由緒ある地主で、一年の大半は倫敦《ロンドン》に暮している。若い頃には支那にも日本にもいった事があるという。彼は東洋美術の愛好者であった。泉原はバルトンの店で屡々《しばしば》A老人と顔を合せた。A老人は泉原から絹地に描いた極彩色の美人画を買った。泉原はその折の事を思出してA老人を訪ねる気になったのである。老人の住居《すまい》は、噂に聞いた身分に似合《にあわ》しからぬ川向うのP町で、同じように立並んだ古びた四階建の、とある二階の全体を間借りしていた。泉原は老人に会い、絵を描く事によって生活の保証を得る相談をしたいと思ったのである。が折悪《おりあ》しくA老人は二十日程前から旅行中で、いつ帰って来るとも知れぬという事であった。
泉原は家主の婆さんからその話をきいて、すっかり気を挫《くじ》
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