しつ》の心臓病が起って危篤に陥った。報知《しらせ》によって倫敦《ロンドン》から娘が看護に来た。娘はA老人の先妻の子で、現在のA夫人は数年前から倫敦《ロンドン》へ別居している。A老人の容態は日一日と不良《わる》くなっていった。娘は父親にいえば不興《ふきょう》を蒙《こうむ》るのを知っていたが、病気の経過が思わしくないので、思い余って密《ひそか》にA夫人に手紙を出したのであった。するとA老人が逝去《なくな》った前夜、A夫人から電報が来て、九時に停車場《ステーション》に着くから迎えに来てくれと記《しる》してあった。娘は密に旅館を抜出して停車場へゆくと、彼等の罠にかゝって場末にあるリケットの仲間の家に監禁された。リケットの情婦グヰンが娘に生写《いきうつ》しであるを種に、A夫人は娘のスエーターを剥取ってグヰンに着せ、真《ほん》ものゝA嬢と見せかけて、大胆に海浜旅館へ乗込んだのである。
A老人の直接の死因は心臓麻痺であった。然し前日の医師の診断では、そう急激に変化が来るとは何人《なんぴと》も信じなかった。何か特別に精神的激動を受けたものかも知れないと、係りの医師は頻《しき》りに首を傾けていた。尤《
前へ
次へ
全29ページ中27ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
松本 泰 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング