って格別怪しむに足《た》らなかったが、白昼《ひるま》とはいいながら死んだように寂《さび》れた町に立って、取着く島をも見出し得なかった二人は、そのような事をも頼みにする心持になったのである。ギルは中凹《なかくぼ》みに擦《す》り減った石段を上ってその家の扉《ドア》を叩いた。中々応えがない。その時遠くの町角に現われた男は二人の姿を認めて、アタフタと其場を立去って了《しま》った。
 ギルは続け様に扉を叩いた。けたゝましい音が町中に響き渡った。するとすぐ玄関わきの扉をあける音がして、五十恰好の薄穢い服装《みなり》をした女が不機嫌な顔を突出した。ギルは突然三階には何者がいるかと訊ねた。女は投げつけるような語調《ことば》で、誰も住んでいない由《よし》を答えた。
「お前の言葉だけでは信ずる事は出来ないから、三階へ上って見る。」といって職掌《しょくしょう》を書いた名刺を示した。女はひどく狼狽した様子であったが、故意《わざ》と玄関口に立ちはだかって、
「病人が臥《ね》ているから、上っては困ります。どういう御用事ですか。」と頻りに押止《おしと》める様子が、却《かえ》って二人に疑惑の念を抱かしめた。
 ギルは
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