。第二か第三の横通りにある家《うち》の前から乗っていた自動車の位置によって、その家が右側にあるか、左側にあるか分る筈です。」
 泉原はそういって左側の家から順々と見ていったものゝ、どの家《うち》も道路に向った窓を鎖《とざ》して、無人の境のように静り返っていた。二人は稍《やや》失望を感じて同じ道路《みち》を戻ってくると、泉原はフトある家の前で足を停めた。彼はその家の三階の窓に、鉢植の草花を発見したのである。草花の鉢は雨が降れば取込む事にきまっている。見渡すところ、その家を除いては何処《どこ》の窓にも、植木鉢を出しっぱなしにしておく家はなかった。取込まないのはその部屋に住む人が忘れているのか、或は何かの事情で窓を開ける事を欲しないのか。強い風を交えた雨に、赤いゼラニウムの花が散々に打たれていた。敷石の上に一本の毛ピンが落ちていた。それを発見《みつ》けて拾上げたのはギルであった。二人は何という事なく顔を見合せると、改めて高い三階の窓を見上げた。
 雨の降っている最中に植木鉢を仕舞い忘れる事は屡々《しばしば》経験する事実である。それに遺失《おと》し易い婦人の毛ピンが敷石の上に落ちていたからとい
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