す。」
「じゃア私の家《うち》へ来たらどうだね。特別にお構いする事は出来ないが、丁度二階に使わない部屋があるから、そこなら提供してもいゝ。」相手はひとりのみこみをして泉原の答も待たず、先に立って歩出した。
「先刻《さっき》もいった通り、近頃この界隈で頻々と追剥があるので警戒していると、最前から君が彼方《あっち》へいったり、此方《こっち》へいったりしている様子が不審に思われたのです。私はマーゲート署の探偵ですよ。私は日本語は出来ないけれども、家内は東京、横浜それから日光へいった事があるので、日本語を話します。日本人のお客を連れて帰れば家内は喜びますよ。」
泉原は半ば煙に捲《ま》かれたかたちで、勧《すす》めるまゝに相手の後に蹤《つ》いていった。探偵の家は町はずれの丘の上に並んでいる小ぢんまりとした二階建の一つであった。
ギル探偵夫妻は珍らしい東洋の客を歓迎して、二日や三日なら遠慮なく宿《とま》るがいゝと頻《しき》りに勧めた。ギル夫人の日本語はてんで問題にならない、僅《わずか》に「有難う」とか、「お早う」とかを知っている位の程度であったが、それでも外国人の口から日本語をきくのは嬉しかった
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