た大男が、用ありげにツカ/\と寄ってきた。
三
「失礼だが、燐寸《マッチ》の持合せがあるなら貸してくれませんか。」男は泉原の顔をジロ/\と覗込みながら、幾分か声を和《やわら》げていった。泉原はポケットを探って無言のまゝ相手に燐寸を渡した。見るとそれは最前食事をしていた時、彼の筋向うの卓子で新聞を読んでいた男であった。
「私は先刻《さっき》料理店で貴方《あなた》をお見かけしたと思いますが。」と泉原は恐る/\いった。
「その通りですよ。君はこの土地に初めてと見えますね。この辺は物騒でよく追剥が出没するですよ。昨夜も避暑にきている若いアメリカ人の被害があったです。君はこれから何処《どこ》へ行こうとなさるのかね。」
「何処へゆくという目的《めあて》はありません。私は日本人の画家で、先刻|停車場《ステーション》へ着いた計《ばか》りです。」
「そうらしいと思ったです。見たところ土曜から日曜にかけての休日を利用して海岸に保養に来たという様子もなし。」相手は背の低い泉原の服装《みなり》を見廻しながらいった。
「私は上等な旅館へゆきたくなく、ホンの一夜を凌ぐ為に安い宿を探しているので
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