通じない」と連を顧ていった。その男は黒の上衣のポケットに純白なハンケチを覗かせた二十七八の小柄な青年である。連は中年の岩丈な船員風の男で、長い口髭を弄《いじ》りながら、太い声で青年の言葉に合槌を打っていた。二人は以前余程親しい間柄で、久時《しばらく》別れていて、つい其日始めて出会ったらしかった。
若い方は頗る上調子で、
「多分そんな事と思ったよ。女が倫敦にいるとなりゃ、無論大将も近くに潜んでいる訳だ。俺は無駄骨を折って紐育《ニューヨーク》計り探していたが、有難い事だ。運が向いてきたんだ。厭でも応でも今度こそ結婚して貰わなくちゃアならない」
「……他にだって女はあるんだから……厭がる女の後を追うような野暮な真似はやめるがいいぜ。女は諦めて一方にかかろうじゃアないか、その方が間違いなさそうだ。へま[#「へま」に傍点]をやると両方とも失策《しくじ》ってしまう」連の男は宥めるようにいったが、彼の顔にはありありと不快の色が浮んでいた。
「余計な事は云わぬがいい。俺は一遍思込んだ事は飜えさないのだから、まア俺の細工を見ているがいいよ。一ヶ月後には伊太利《イタリー》の海岸から新婚旅行の絵ハガキでも
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