日蔭の街
松本泰

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)暖炉《ストーブ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|揖《ゆう》して

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「やまいだれ+発」、335−9]疾者
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        一

 歳晩の寂しい午後であった。私は、青い焔をあげて勢よく燃えさかっている暖炉《ストーブ》の前へ、椅子を寄せて、うつらうつら煙草を燻らしていた。私の身のまわりは孰《いず》れも見馴れたもの計りで、トランクは寝台の下に投込んであり、帽子掛には二つの帽子と数本のステッキがある。飾棚の漆塗の小箱、貝細工の一輪挿、部屋の隅に据付けてある洗面台の下の耳のとれた水差、それから二組の洋服と外套の入った洋服箪笥、それ等はあった儘に位置を変えず、灰を被ったように寂然と並んでいた。私は気易いのびのびした心持で、四辺《あたり》の見窄《みすぼ》らしい石版画の額や、黄色くなった窓レースを眺め廻した。表道路に面した窓の外に素焼の植木鉢が投出
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