落着けると、今迄気付かなかった自動車の警笛、停車場の汽笛、その他様々な物音が相まじり合って、異様などよみ[#「どよみ」に傍点]をつくっている。気のせいか、何処かで管弦楽《オーケストラ》をやっているようだ。
私はフト思いついて、廊下伝いにサボイ劇場へ入った。私は服装を遠慮してわざと二階の後方の席を買った。芝居は至極あまいもので、些しも私の感興を唆《そそ》らなかった。平常の私なら、一幕が済むと、欠伸をして帰り仕度をするのであるが明日からは当分芝居も見られぬという境遇が、名残を惜しませるのか、寒い風の吹いている戸外へ出るのが大儀だったのか、私は夢心地に満堂の拍手の音を聞きながら、漫然と幕の上ったり、下りたりするのを眺めていた。
私の右手の空席を一つおいて、二人の男が頻りに話合っていたが、フト私と顔を合せると、
「今度の幕合は何分だね」と仏蘭西語で横柄に訊ねた。永らく英国に暮していた私は、見知らぬ他人から猥《みだ》りに言葉をかけられるのを快く思わなかった。殊《こと》に態度が気に入らない。私はムッとして相手の顔を視詰めた。男は肩をすぼめて[#「すぼめて」に傍点]、
「日本人だ。仏蘭西語じゃア
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