前さんが時間に遅れた計りに、皆の嫌っていたルグナンシェがお前さんの代りに汽船へ乗ってしまった」
「皆というのは誰です」
「ガスケル老人と、モニカ嬢さ」
「ええ? モニカ? ハハハ……」私は声を挙げて笑った。失望して泣く訳にもゆかない。驚くのも間が抜けている。けれども私の胸には驚愕と失望と、悲哀とが錯綜していた。私の哄笑は、それ等の気持を憫む笑であった。
老人は低声で語った。
「ガスケルさんとモニカ嬢が、急に米国行を思立ったのはルグナンシェから遁れる為であった。それだのに、運命という悪戯者はモニカ嬢とルグナンシェとを結婚させてしまった」
「そんな馬鹿な事はない。倫敦を出発ったのはルグナンシェを遁れる為だったのじゃあないか」
「だが、あの仏蘭西人はガスケル家の秘密を握っていた。今から二十年前に、濠洲のシドニーにガスケル兄弟商会という大きな雑穀商があった。或日ガスケル兄弟は商用で三十|哩《マイル》計り離れた市へ出掛けていったが、その帰途に兄は進行中の列車から墜落して惨死してしまったのさ。ところがこれは過失でなくして弟が兄を突落したのであろうという事になって、法廷に持出される程の問題となった
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