。ガスケル老人が取りにくる迄、僕が預って置く」私は思掛けずにモニカの肖像を手に入れたので再び彼女に邂逅《めぐりあ》う前兆のような気がして嬉しかった。
私が再び日蔭の街の下宿へ戻ってから、二ヶ月余り経過《た》った。倫敦には春がきた。穏かな街にラベンダア売りの古風な呼声が聞えていた。
其日も空しく歩き廻った私は、橋向うのバタミー公園を抜けて、監獄のあるB街の方へ歩いていった。場末らしい、塵埃ぽい街の角に、「世の終り」という看札を掲げた酒場があった。私は毎日のように斯うしてモニカを捜し歩いているのである。そしてとうとう「世の終り」まで来てしまったと思って、苦笑しながら、疲労れた足を引擦って中へ入っていった。
私は肥満った亭主から受取った麦酒のコップをもって、隅の椅子に就くと、不意に肩を句《たた》いたものがあった。それはグレー街の附近でよく見掛けた、乞食の爺さんであったが、職業にでも就いたと見えて、ちゃんとした服装をしていた。
「お前さんは、籤を引き損こなったね」老人は私の傍へ腰を下した。
「何の籤です」私は老人の海の底のような、紫色の瞳を視つめながら問返した。
「運命の籤さ。あの日お
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