た。
「何だろう!」私は急に歩調を早めた。
貨物自動車には箱詰になった荷物や、トランクが満載してあった。もう一台の方には二人の男が暗闇の中で、黙々と荷物を積込んでいた。私は石段を馳上ってゆくと、玄関先に立っていた婆さんが、
「旦那様がこのお手紙を貴郎に遺していらっしゃいました。貴郎も早く御自分の荷物を出して下さい」といって、分厚な角封筒を渡した。
ガスケル老人の手紙には簡単に――急に米国へ向け出発する事になった。お前の旅券及び乗船券等は既《すで》に用意してある。俺は一足先にリバプールへ赴く。出帆は明日午後三時半である。お前は明朝七時、秘密にソーホー街八十八番を訪ね、品物を受取り、直にユーストン駅よりリバプール港行の列車に乗れ――と認《したた》めてあった。そして小遣いとして思掛けぬ莫大な金が封入してあった。
私は余り突然の事で、少し躊躇したが、最初ガスケル家に雇われる時の条件の一つに、いつ何時でも老人に随行して旅行するという事があったのを思出した。予々《かねがね》世界を旅行するという事は私の大きな希望であった。
私にとってこんないい条件はない。然しながらこれ程の幸運に面しながら、
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