年前に撮った紛れもない彼女の写真だった。ナタールのダアバン市で撮ったもので、裏面に親愛なるマキシム嬢へ、モニカよりと記してあった。
「モニカ、モニカ、何という優しい名前であろう」私は初めて知った彼女の名前を繰返した。
私がその部屋にとどまっていたのは非常に長い間のように感じたが、実はごく短時間であったかも知れない。そうしているうちに、私は他人の部屋にいる事が耐らなく不安になってきた。私は手にもった写真を幾度かポケットに入れようとしたが、思切って元の抽出しに投込んだまま、廊下へ飛出した。
せかせか[#「せかせか」に傍点]と呼吸をきって三階まで下りてくると、階段の湾曲《カーブ》のところで下から馳上ってくる絹擦れの音をきいて驚いて足を停めた。どうして婦人が昇降機によらずに裏階段を馳上ってくるのであろうと不思議に思った。それよりも、もっと驚いた事は夢にも忘れた事のない美しいモニカが、私の眼前に現われた事である。
「まア!」モニカの唇から微かに驚愕の叫びが洩れた。
「矢張り、僕を臆えていて下すったのですか」私はすっかりあが[#「あが」に傍点]ってしまって、しどろもどろ[#「しどろもどろ」に傍
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