てしまった。
丁度紅茶の時間であった。古い、疲労れたような、建築で凡てが重く煤けていたが、却ってそれ等が由緒ありげに見えた。人々が絶えず出たり、入ったりしている。玄関の外には数台の自動車が駐っていた。
私は広間の食堂を、一通り見てきてから、昇降機にはよらずに根気よく五階へ上った。65[#「65」は縦中横]番は二側目の廊下で、すぐ判った。ルグナンシェはいなかったがそのまま帰るのも何となく業腹だったので、四度目に最後のノックをしてから、把手を廻して扉を押すと、鍵がかかっていないで、思掛けなく内側に扉が開いた。
私はそこまできて、本能的に鳥渡躊躇したけれども、何かを探り出そうとする本来の目的の為にのぼせ[#「のぼせ」に傍点]ていたせいか、次の瞬間には案外落着いた気持で、吸込まれるように部屋へ入った。
確に例の仏蘭西人の部屋である。帽子掛にかかっている鼠色の中折帽子にも見覚えがある。私は一わたり部屋を見渡した後で、引手のついている化粧台の抽出しを立続けて開けると、襟飾《ネクタイ》の入っている箱の中に一葉の写真を見付けた。
「彼女の写真だ。いよいよ怪しいぞ」と私は心の中で叫んだ。それは数
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