」に傍点]を切ろうとした事が、少しぐれはま[#「ぐれはま」に傍点]になってきた。何にも知らぬ柏は正直に、暮の二十九日にサボイの食堂で彼女を見掛けた事、それからヒントを得て製作にかかったという順序を述べた。柏は余り上手くない英語で彼女を最上級の形容詞で嘆美して、私をハラハラさせ、係員を微笑させた。ここでは完全に「日本人は見掛けによらぬ狡猾《カンニング》だ」という彼等の観念を覆えおおせた。
「どうも御苦労でした。又何かの機会でその婦人にお会いにならぬとも限りませんから、そんな事があったら直ぐ知らせて下さい」とカクストン氏はいった。そこへ電話がかかってきたので、氏は眼で挨拶をしながら、私共が室外へ出てゆくのを見送っていたが、
「鳥渡お待ちなさい。展覧会で絵画を盗まれたのです。それが君の出品した絵のようだ。確か君の画題は、『歓の泉』とかいいましたね」と呼びかえした。
「私の絵が盗まれましたって? それはいつです。飯田君がつい先刻見てきた計りじゃアありませんか」
柏と私は愕然として顔を見合せた。白昼衆人環視の中で、そのような大胆な行為が行われようとは到底想像も出来なかった。
「早速、会場へ行き
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