こで争っても仕方がない。御迷惑でしょうが、署まで同行して下さい。この事件は近来での怪事件で、スコットランドヤードでは、非常な努力で犯人を挙げようとしているところですから、仮りに貴殿方が多少でも、この事件にひっかかりがあるとすれば、それが手掛りとなって、犯人の逮捕に、どんな便宜を与えるかも知れんですよ」警官は対話の間に、私共は同じ東洋人でも、日本人である事を知って、言葉にも、態度にも、親しげな様子を見せてきた。被害者が東洋人であれば格別、相手が縁の遠い仏蘭西人ときているので、常識から考えても私共と被害者と直接の関係はないと思ったらしい。
 警官の言葉に従って、私達は倶々に警視庁へいった。柏は付添人という格である。
 私共は窓の外にウエストミンスターの塔の見える広い部屋で、カクストンという部長の訊問を受けた。私はそこで勢いボンド街の展覧会へ柏の絵画を観にいった事を話さねばならぬ破目になったが、劇場で彼女と二人のフランス人を見掛けた事と、又ベーカー街に彼女を訪ねた事も、凡て彼女に関する事は口にしなかった。
 然しカクストン氏は、柏の描いた絵が彼女である事を知っていたので、巧みにしら[#「しら
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