出して余熱《ほとぼり》の冷めるまで引籠っている事にした。
 土曜日の朝、柏から手紙がきた。ボンド街のXギャラリーへ絵画を出品したら、当選したから見にきてくれ、と例の如く至極簡単に記してある。その日は私の休日であったが、一二時間も仕事をすれば、手都合のいいところまで形付いてしまうので、朝から部屋へ入ってせっせと仕事にかかった。一しきり仕事のくぎりがついた時、私は何かの用で境の扉をあけて老人の居間へ入ると、ガスケル氏は凭椅子を離れて、部屋の隅にある卓の前にスックリと立っていた。彼は人の入ってくる気勢に、卓の上のものを手早く抽出へ投込んで、いつになく恐ろしい顔をして振返った。
「いかん、いかん、君は何だってことわりもなく儂の部屋へ入るのだ。どのような用件があろう共、儂の許可なくして断じてこの部屋へ入る事は出来ないという規則ではないか」老人は苦りきっている。
 私はその時、老人が卓の抽出しに隠したものを目敏く見付けた。それは燃えるように真赤な緋房ではないか。サボイ旅館の食堂で令嬢の持っていたものが、その晩殺人事件のあった現場に墜《お》ちており、それを拾って帰った私は破れ靴を穿いた乞食老爺の靴の
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