に、床に入っているに限る。それが儂には最上の療法なんだよ」と笑いながらいった。私は振出人ヒギンスの署名で、無記名一千円の小切手を書かせられた。老人は私からそれを受取って手提金庫へ蔵うと、扉続きの隣室へ入って私を手招きした。そこは寂として骨董品の展覧会のように、東洋の陶器類、支那、ジャバ、及び日本の能狂言の面、瑪瑙《めのう》や翡翠《ひすい》でこしらえた花生の鉢、其の他さまざまの道具が所狭きまでに置並べてある。
「君の用事は厄介だよ。目録を作らにゃならんのだが、面倒でも一つやって下さらんかね。品物には番号と年代が記入したカードがついている筈だから、それを番号順に列記して下さい」と老人は命じた。
「承知致しました。然しよくこれ程お蒐集になりましたね。この春信《はるのぶ》などは逸品だと思います」私は驚胆の声を漏らした。老人は満足らしく頷首いた。
それから数日の間、私は目録の製作に没頭した。ベーカー街の令嬢の事、昏睡状態に陥っていた仏蘭西人の事が気にかからないではなかったが、その晩一〇一番の家の前に立っていた怪しい男や、ボンド街の酒場から出てきた三人連のひとりや、それ等の無気味な尾行者? を思
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