舞いに行こうとすると、
「旦那様は大分およろしいようですがね。ご用があったら、お呼びをするから、貴殿は御自分の御用をなさるようにとそう仰有っていらっしゃいました」婆さんは階段の下で、またガスケル氏の言葉を伝えた。
「裏の庭木戸が、昨朝も今朝も開いていたようですが、差支えないのですか」いくらか気掛りだったので次手《ついで》に訊いて見た。婆さんは鳥渡喫驚したように、まじまじ私の顔を視守っていたが、
「そうでしたか、私は少しも気がつきませんでしたよ。錠が破損《こわ》れたままで、まだ修繕もせずに抛ってあるんですよ。尤もあんなところが開いていたって格別の事はありません」婆さんは事もなげにいった。
私は其日は終日在宅して、久振りで柏に手紙を書いた。無論私は手紙にあの晩以来の出来事を書くような無謀な事はしなかった。
次の朝、私は老人と顔を合せた。彼は相変らず弱々しい体躯を凭椅子に埋めて新聞を読んでいたが、音声《こえ》だけはいつものように元気だった。
「すっかり、なおったよ。年をとると、から意気地がなくなって、いつ風邪を引込むか分らず、それに永びいて困る。そんな時は二日でも五日でも人間の顔を見ず
前へ
次へ
全65ページ中37ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
松本 泰 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング