の十字路へ出ると、遮二無二に乗合自動車へ飛乗った。
 市街は白い霧に包まれている。その中を重い自動車は素晴しい音響を立てて疾走している。川岸の工場のわきで私は車を下り、寂しいC町へ向った。私は柏を訪ねてあの夜以来の事件を一切打明けて、力を借りようと思ったのである。私は家の前に立って高い窓を仰いだ。表道路に面した三階の彼の画室は電灯が点いている。私は開放しになっている玄関をぬけて、案内もなく勝手を知った三階へ上っていった。
 部屋には灯火が点いている計りで柏の姿は見えなかった。相変らず部屋は乱雑である。毀れかかった椅子の上に服が脱ぎすててあったり、穢れたシャツやカラーが寝台の下に投込んであったりするのはいつもの通りであるが、部屋の真中に磨上げた靴と、一輪ざしの花瓶がじか[#「じか」に傍点]においてあってカアネーションが挿してあり、そのわきにフライ鍋が投出してあるのが、何だか謎々のようである。私は斯うしたまじめ[#「まじめ」に傍点]な場合におりながらも微笑を禁じ得なかった。私は余程軽い気持になっていた。これで柏の顔を見て一時間もお饒舌をすれば先夜来の重荷もすっかり軽くなるだろうと思った。

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