遣いながらも、短時間に出来るだけの事実を知って置こうと思った。実のことをいうと、私はその男に就いてより、令嬢の身の上を知る事に時間の大部分を費したのであるが、そういう方面に才能のない私の如き素人には、何等手懸りとなるらしいものを発見し得なかった。そのうちに私は誰もいない家に、それも初めてまぐれ込んできた不思議な家で、万一|斯《こ》うした事件にかかり合うような事があっては大変だと思った。私は誰にも見咎られずにそっと一〇一番の家を出た。往来には数人の男が通っていた計りであったが、気のせいか、向い側の葉の涸落ちた行路樹の陰を歩いていた男が自分を見張っていたように思われてならない。賑かなピカデレー街へ出た。それから裏通りを引返してボンド街へ出ると、先前の男は既う見えなかった。
 ボンド街のギャラリイでは絵画の展覧会をやっている。閉場後で鉄柵に広告ビラが立てかけてあった。私は酒場の角を曲って暗い横町へ入った。三人ほどの男が並んで酒場を出てきたが、そのうちの一人は私の姿を見て急に足をとめた。いよいよ本ものの探偵だなと私の胸は早鐘を衝くように鳴出した。私は暗い道を一目散に逃げた。そして首尾よく公園前
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