人が立っている。
「いつぞや、サボイの食堂でお目にかかりましたね。あの時のお方でしょう」と彼女は微笑いながらいった。
「エエ、私です。あの節は失礼いたしました」
「どう致しまして……ホホホ……貴郎《あなた》が失礼をなすったのは、たった今でしょう。貴郎は銀行の前から、わざわざ私共を尾行けていらっしてね。何という物好きな方でしょうと、お嬢様と二人でお噂をしていたのですよ」老婦人は相変らず片頬に微笑を浮べながらいった。
「申訳ありません。実はご推察の通りです。銀行で貴女をお見掛けしましたので、若しやお嬢様と御一緒ではないかと思い、せめてお住居だけでもと存じましたのです」
「まア御熱心ですのね。お嬢様は東洋の美術品に大層興味を持っていらっしゃるので、日本の紳士とお近付になるのをお喜びですの。毎日午後はお宅にいらっしゃるから、いつでもお話しにいらっしゃいませ。そうそう他にお約束がありませんでしたら、今夕五時半のお茶にいらっしゃったら如何?」
「今夕の五時半に私がお嬢様をお訪ねしてもよろしいと仰有るのですか」思掛けぬ老婦人の言葉に私は、自分の耳を疑う程であった。
「お待ち申しております」と老婦人は
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