しているらしかった。その中、先の車は何と思ったか急に速力を弛めて、とある家の前で停った。
「此処でよろしい」私は半丁計り手前で車を飛下りた。と見ると、空色のアフターヌウンに黒い毛皮の外套を着た若い婦人と、先刻銀行で顔を合せた老婦人が、飛鳥のような素早さで自動車から下りて、石段を馳上るなり、厚い扉の裡に姿を隠してしまった。毛皮の外套を着た若い婦人は紛れもなく、先夜の「愛の杯」の主人公であった。
私は久時して何気ない様子で、二人の入った家の前を通って見た。それは表通りの窓を悉《ことごと》く塗りつぶしてある、古風な家で小さな金具に一〇一番と記してあった。
家の前を通り過ぎた時、顔をあげると、高い三階の窓掛けがチラと動いた。誰かが窓掛けの後から覗いていたらしかった。私は水をかけられるようにハッ[#「ハッ」に傍点]として、二軒目の家から街灯の柱の立っている、最初の横町を曲ってしまった。
何かしら私はすっかり重荷を下したような心持で、敷石の上を歩いていると、すぐ背後に気忙しい小刻みの靴音が聞え、続いて、
「モシモシ、失礼ですが、鳥渡……」という婦人の声がした。振返ると、何時の間にか先刻の老婦
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