出した紙片を引たくるようにして、手早く、ワイ・ヒギンスと署名した。私は自分の用事を済してから根気よく人々の間を泳いで探し廻ったが、問題の老婦人の姿は既《も》う何処にも見えなかった。
それから間もなく私は銀行を出た。アスファルトを敷いた舗道に早春の太陽がきらきら[#「きらきら」に傍点]と躍っていた。そこには十数台の自動車が、ずらり[#「ずらり」に傍点]と一列に並んでいて、その一番端れの自動車の横手に、又しても私の下宿の居まわりで見掛ける例の老人が、その自動車の中へ首を突込んで親しげに何事か話合っていた。
「オヤオヤ」と思う瞬間、銀行から先刻の老婦人が出てきて、小走りに舗道を横切ってその自動車へ乗った。
同時に自動車は粗末な服装をした老人を後に残して、商家の立並んだ大通へ疾走《はし》っていった。
私は自分でも意識せずに傍に停っている空車に片足を掛けていた。私の乗った自動車は強く一揺れ揺れて一散に、先へゆく自動車を追った。自動車は、雑鬧した街を折れ曲って百貨店の横をB街まで上っていった、が更に大迂廻をして公園の下へ出た。慥に私の車が後を尾行《つ》けているのを知って、どうにかして巻こうと
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