閑静な一劃で、十番のガスケル家は木立の多い邸宅である。その家ならば散歩のゆき帰りによく前を通った事があるが、ついぞ御用聞の出入さえ見掛けた事のない家である。私は高い石段を上って、緑色に塗った玄関の厚い扉の前に立った。案内を乞うと、稍|久時《しばらく》して廊下の奥の方から重い足音が聞えてきた。ガチリと扉を開けて痩せた婆さんが顔を出した。
「お前さん。何用です」婆さんは迂散臭《うさんくさ》そうにいった。
私は黙って婆さんの鼻先へ手紙を突出して見せた。婆さんは霎時私の顔と、手紙を見較べていたが、大きく頷首いて私を室内へ導き入れた。
「ここで待っていて下さい」婆さんは私をガランとした火の気のない客間へ残して奥の方へ引込んだ。
部屋は往来に面していたが、焦茶色のカーテンが外の光を遮って暗く陰気であった。永く使わないと見えて飾棚の上にも、椅子の肘にもザラザラと塵挨が積っていた。間もなく先刻の婆さんが扉をあけて、
「旦那様がすぐお目にかかるそうですから、どうぞこちらへ来て下さい。旦那様は御病人で、お気が短いから気をつけて下さいよ」といった。
階段の下から廊下を右へ曲って、とある奥まった部屋の前
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