気を悪くするに極っているので、云わるるままに履歴書を認め、希望条件はなしと記した。
「これで上等だ。俺が投函してきてやる」といって柏はフイと表へ出ていったが、それっきり、何時まで待っても帰って来なかった。
三
翌日の午後、私は思掛けぬ手紙を受取った。それは前日の広告主からの返事である。
――拝啓、
貴書拝見仕候、御面談致し度に付この状着次第下記へ御来訪相成度候。
[#地から5字上げ]倫敦市南区グレー街十番
[#地から3字上げ]ガスケル家
飯田保次《いいだやすつぐ》殿
「こりゃ意外だ」私は思わず呟いた。斯う雑作なく職業にありつくのは聊《いささ》か飽気ないような気がするが、満更悪いものでもない。私は間もなく家を出た。
道々私を奇異に感じさせたのは、広告主があまりに近いところに住んでいるという事であった。考えて見れば世の中には随分就職難に苦しんでいるものが多い。然しながら需要と供給は案外目と鼻の間にあっても、うまくぶつかり[#「ぶつかり」に傍点]合わないものだ。私の場合は非常に幸運な機会《チャンス》であらねばならない。
グレー街というのは大通りを二つ越した
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