気を悪くするに極っているので、云わるるままに履歴書を認め、希望条件はなしと記した。
「これで上等だ。俺が投函してきてやる」といって柏はフイと表へ出ていったが、それっきり、何時まで待っても帰って来なかった。

        三

 翌日の午後、私は思掛けぬ手紙を受取った。それは前日の広告主からの返事である。
――拝啓、
 貴書拝見仕候、御面談致し度に付この状着次第下記へ御来訪相成度候。
[#地から5字上げ]倫敦市南区グレー街十番
[#地から3字上げ]ガスケル家
   飯田保次《いいだやすつぐ》殿

「こりゃ意外だ」私は思わず呟いた。斯う雑作なく職業にありつくのは聊《いささ》か飽気ないような気がするが、満更悪いものでもない。私は間もなく家を出た。
 道々私を奇異に感じさせたのは、広告主があまりに近いところに住んでいるという事であった。考えて見れば世の中には随分就職難に苦しんでいるものが多い。然しながら需要と供給は案外目と鼻の間にあっても、うまくぶつかり[#「ぶつかり」に傍点]合わないものだ。私の場合は非常に幸運な機会《チャンス》であらねばならない。
 グレー街というのは大通りを二つ越した
前へ 次へ
全65ページ中17ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
松本 泰 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング