ホヤを被せたような星が、朧に光っていた。その通りには更に裏通りへ通ずる石畳を敷いた急勾配の露路が幾つもあった。それ等は孰れも両側の高い建物に挟まれて黒い陰の中に埋っていた。
私は下宿まで歩いて帰る積りで、人通りの稀れな、明るい街路を靴音を立てながら、歩いていった。とある露路の角に差かかった時、突然、啻《ただ》ならぬ女の叫声をきいたので、驚いて足を駐めると、不意に真暗な露路から飛出してきた女と危く衝突《ぶつか》りそうになった。私は蹌踉《よろめ》きかかった女をしっかり抱きとめて、
「どうかしましたか」といったが、街灯の光に照出された白蝋のような女の顔を見ると、余りの驚愕に私は言葉が閊《つか》えてしまった。それは夕方以来、私を悩ましていた、あの美しい女である。
「早く、何卒、タクシーを呼んで下さい。早く、早く」女は激しく息をはずませながらいった。
私は彼女を抱くようにして、夢中で大通りの四辻まで走っていって、折よく通りかかった空車を呼止めた。
彼女を乗せた自動車が雑鬧《ざっとう》のうちを無事に疾走り去ってしまうのを見届けると、私はホッとして元の道路へ引返した。
その時は既に数個の黒い
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