」
三人の話題は一しきりその女のことに及んだが、エリスは話題を変えて、二三日姿を見せぬ伯父の消息を訊ねたり、倫敦の生活は好きかなどときいた。
伯父はコックス家より他に、訪ねる友達を持っていないことを、坂口はよく知っていた。それ故、今頃伯父は何処で、何をしているのかといささか気になってきた。
坂口がコックス家を辞して家へ帰ったのは十時近かった。重い玄関の扉を開けて、しんとしたホールを通ってゆくと、伯父の書斎に電燈が点いていた。彼は、
「オヤ、既《も》うお帰宅《かえ》りになったな」と思いながら、軽く扉を叩いたが、一向応答がない。そこで恐る恐る扉を開けて、中を覗いてみた。
部屋はきちんと整理《かたづ》いて、明るい電燈が空しく四辺を照らしている。伯父の姿は何処にも見当らなかった。
「先刻家を出るときは、確に電燈が点いていなかったから、私の不在の間に、一ぺんお帰りになったと見える」彼は念のためにホールの鏡の前にいって、平常のステッキと、帽子の置いてないのを確めてから、伯父の書斎へ戻ってきた。
フト気が付くと、卓子の上に坂口に宛てた伯父の手紙が置いてある。彼は胸騒ぎを覚えながら、手早く封
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