中にいろいろ指図を与えたあとで愛想よく坂口の方に手を差延べながら、
「よく来ました。さアどうぞこちらへお入り下さい」といってイソイソと玄関わきの居間へ導いた。
「あの女を助けてやったのは貴郎《あなた》ですってね。本統にお若いのに感心です。怪我はしていないようですが、あの女は大分お酒を飲過ぎて苦しんでいますから、ちっと休ませてやりましょう」エリスは同情《おもいやり》深い調子でいった。
紺サージの着物に、紅い柘榴《ざくろ》石の頸飾りをした彼女のスッキリした姿は、どうしても五十を越したとは見えなかった。
薄い藤紫の覆布《かさ》をかけた電燈の光が、柔く部屋の中に溢れている。霎時《しばらく》するとビアトレスが扉をあけて入ってきた。
「三階に空いた寝床《ベッド》がありますから、連れて行って寝かしてやりましたわ。服装は相当にちゃんとしているのね。あんなにお酒に酔ってどうしたのでしょう。今晩は宿《と》めてやりましょうか」
「そうですね、年をとっているし、可哀そうだから、そうしてお上げなさい」
「あの方の家に電話でもあれば、こっちから電話をかけて置いて上げるのですが、何しろ満足に口が利けない程ですの
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