きながら歩いていると、すぐ五六間先の敷石の上に倒れている女の姿を見付けた。夫《そ》れは丁度コックス家の前あたりであった。坂口は喫驚《びっくり》して馳寄った。女は黒っぽい着物の裾を泥|塗《まみ》れにして、敷石の上に蹲《うずくま》っていた。
「どうかなさいましたか」坂口は傍へ寄って抱起した。
 女は弱切ったような声で、頻《しき》りに、
「水、水」と叫んでいる。
 幸いコックス家の前であったので、坂口は女の傍を離れて、石段を上ろうとすると、玄関の扉を開いて、若いビアトレスが顔を出した。
「今晩は、私です。今お宅の前へ参りますと、その方が倒れていたのです。それで、水を戴きに行こうと思ったのです」と、坂口がいうと、ビアトレスは美しい眉を顰《ひそ》めて、幾度も頷首《うなず》きながら、石段を下りて女のそばへ寄った。その間に坂口は台所へ行って、コップに水を汲んできた。
 女は強《したた》か酒に酔っているらしかった。
 坂口とビアトレスは互に顔を見合せたが、女は膝に怪我をしている様子なので、一先ず家の中へ扶《たす》け入れる事にした。
 その物音に、エリスは二階から下りてきた。彼女は台所から馳上って来た女
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