った。
 男は金ぴかの制服を着た旅館の取次人《フートマン》に冗談口などをいいながら、帳場から自室の鍵を受取って階段を上っていった。
 林は取次人の傍へ寄って、
「あれはジェンキンさんじゃアないかね」と如才なく訊ねた。
「エドワードさんですよ」という取次人の言葉をきいて林は家へ帰った。そして数日間旅行をするという置手紙を残して再び家を出た。彼は小型の手提鞄をもっただけで、旅行客がたった今、倫敦へ着いた計りという様子で自動車をパーク旅館へ疾走らせた。彼は帳場で宿帳に自分の姓名を記入しながら、エドワードと名乗る男は、五階の百二十八号室に宿泊っている事を知り得た。成可く閑静な室をという注文が図にあたって、彼は五階の百二十七号室を占める事が出来た。エドワードという男は何処かで見た事のある顔だと思って頻りに記憶を辿って見るが、どうしても思出せない。
 夜の九時に近かった。隣室のエドワードという男は食堂へ下りていったようである。林も続いて階下へ行こうとしたが、自分でも見覚えのある位だから、恐らく先方でも自分を見知っているかも知れない、気取られてはならぬと思って食堂行は止めにした。彼は廊下に人気の絶え
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