七

 女の自白によって、林は其晩のうちに警察から放免された。
 寂しいクロムウェル街のコックス家からは、チャタム以来の華やかな、楽しい笑声が洩れた。エリス母子や、甥の坂口に囲まれた半白の林は、絶えず東洋人らしい無邪気な微笑を口許に湛えながら語った。

 林は火曜日の午後五時、所用を帯びて銀行へいった帰途《かえり》、チープサイドの喫茶店でお茶を飲んでいると、衝立の蔭にエリスともう一人見知らぬ男が席を占めているのを見た。場所柄エリスの来そうもないところなので、林は尠《すくな》からず不審に思った。二人はヒソヒソと話を続けていた。軈て二人は店を出た。フト見るとエリスと同年輩程の、服装の余り上等でない女が、二人の後を見え隠れに蹤《つけ》てゆくのであった。林は激しい人込の中で、いつか女を見失って了った。一方エリスは町角からタクシーへ乗った。見知らぬ男は地下鉄道の停車場へ下りていった。今から思えば、仮令エリスと一緒にいたからといって、見ず知らずの男を尾行しようという気を起したのは自分でも不思議であったと林は語った。
 それは日暮方であった。その男はK停車場で下車し、パーク旅館へ入
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