《ベンチ》にいました。そしてその男とどんな談話《はなし》をなさいました?」と熱心にいった。
 エリスは稍《やや》当惑気に坂口の顔を視詰めていたが、やがて意を定めたようにいった。
「十分間程でした。男は私に五百磅を強請しました。私はそのお金を用意して持って居りました。無論金は渡してやる覚悟でありましたけれども、将来またこうした強請に合うのを虞《おそ》れましたので、その男のいう通り南米へ行って必ず二度と英国へ足踏みしないという誓を立てれば、お金をやっても可いといったのです」
「それからどうしました」
「すると彼がいうには『自分には敵があって、絶えず附|纏《まと》われているので、英国にいては一刻も枕を高くしてはおられないから、便船のあり次第南米へ渡って、一生涯英国には帰らない』と答えました」
「その男を付狙っている敵があると、仰有るのですか」
「そうです。彼はこういいました。すると、たちまち、拳銃の音がして、アッと悲鳴をあげながら彼は腰掛からのめり落ちました。私は不意の出来事に気も顛倒して逃去ったのです」
「待って下さい。その時彼は腰掛のどっち側に腰をかけていました?」
「私は広場に向って左
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