が家を出て行った時の悲しげな眼眸《まなざし》が、いつまでも目先にチラついているのであった。
 ビアトレスは母親が林に対して抱いている心持を知っていた。そして母親が殺された其男を呪い、醜い記憶を持った間柄をどんなに秘《かく》していたかを知っていた。
 坂口とビアトレスはフト目を見合せたが、二人は窓の外に眼を背《そら》してしまった。
 クッキリと黄色い光線を浴《あ》びている甃石の上は、日蔭よりも淋しかった。青空も、往来も、向う側の家々も、黒眼鏡を通して見るように明瞭《はっきり》として、荒廃《さび》れて見えた。
 間もなくエリスが死人のような顔色をして入って来た。
「ああ、既《も》う駄目です。すべてが終りです」エリスは力なく椅子に着いてさめざめと泣いた。
「小母さん、伯父はどうなりました」坂口は急込《せきこ》んで訊ねた。
「林さんにお目に掛る事は許されませんでしたが、林さんはすっかり自白して罪を承認したいという事です」エリスは泣※[#「口+厄」、第4水準2−3−72]《なきじゃく》りをしながらいった。
「真実ですか、……然し私にはどうしても信じられません、……それで兇器はどうしました」
「拳
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