。坂口とビアトレスは往来に面した階下の居間で心配そうに顔を突合わせていた。
 戸外には初夏の穏やかな太陽が街を明るくしている。それだけ閉切った部屋は暗く陰気であった。エリスは坂口がコックス家へ来る前から、H警察署へ召喚されてまだ帰って来なかった。
「殺された男というのは、貴女をパーク旅館に監禁した怪しい人間と同じです。一体その男とお母さんとはどういうお知合なのでしょう。そして私の伯父もその男を知っているのでしょうか」しばらく沈黙の後で坂口がいった。
「私もよくは存じませんけれど、母さんの昔の友達であったという事です。何でも母さんを酷い目に合わせておいて、外国へ遁《に》げてしまったとかいう事を聞きました」ビアトレスは母の痛ましい古傷に触れるのを耐えられないようにいった。
「私も恐らくそのような事ではないかと思っていたのです。その事を伯父は知っているでしょうか」
「小父さんがチャタムにいらしったのは、その前後であるという事ですから、薄々は御存知かも知れませんが……小父さんとその男が顔を合せた事はなかったと母さんが仰有っていました」
「でも伯父はどうして貴女がパーク旅館に監禁されていた事を知
前へ 次へ
全50ページ中34ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
松本 泰 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング