いた。ビアトレスと坂口は言葉もなく、その傍に佇んだ。
 ビアトレスは劬《いたわ》るように母親の肩を撫でていた。
「本統に私はどうしたらいいか、少しも分らない。……何も彼もみんな私が悪かったのですよ」霎時してエリスは絶入るような低い声で云った。
「ビアトレスさんがパーク旅館に監禁された事といい、昨晩旅行に出掛けた筈の伯父が、貴女の後を追ってパラメントヒルへ出掛けた事といい、私には何が何だか薩張《さっぱ》り了解《わか》りません」と坂口がいった。
「昨夜から旅行しているのですって? 林さんは何処に居ります」エリスは泣膨らした眼を上げて訊ねた。
「彼処《あすこ》から私は直ぐ、家へ戻って見ましたが、伯父はまだ帰宅して居りませんでした」
「では貴郎もあの事を御存知ですか」エリスは怖ろし気に手巾《ハンカチ》で顔を覆った。
「エエ、私は伯父が死骸の傍に立っているのを見ました。……然し殺された男は一体何者でしょう。無論パーク旅館で貴女を監禁した男と思いますが……」と坂口は嗄《しわが》れたような声でいった。
 ビアトレスは手を挙げて坂口を制しながら、「そんな事はどうでもいいわ。……それより林小父さんはどう
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