きた。共同椅子《ベンチ》の前に倒れている人間を見究めないのは、如何にも残念であるが、それは婦人でない事だけは夜目にも慥かに判っていた。
「何だって伯父はこんな思切った事をやったのであろうか。エリスさんはどうしたろう。先刻人の馳けてゆく靴音が聞えたが、あの時の音がエリスさんであったかも知れない」
坂口は丘を馳下りるなり、道路のない雑木林の間を抜けて、一直線に公園の外へ出ようとした。一刻も早く人通りのある往来へ出て了おうと焦りながら、針金を亙《わた》した低い柵を越えて、ようやく池の傍《わき》へ出た。
と見ると、十数間先の四角になった小径を横切って、バラバラと馳けて行った女があった。姿はたちまち見えなくなったが、縁のある大きな帽子を被った女であった。
坂口は地下鉄道の停車場傍まで来ると、其前から市街自動車に乗って、ベースウオーター街の家へ帰った。
伯父は未だ戻っていなかった。それで直にコックス家を訪ねた。女中はとうに、自分の部屋へ引退って了って扉を開けてくれたのはビアトレスであった。
居間ではエリスが手巾《ハンカチ》を眼にあてて、深い椅子に腰を下ろしたまま、じっと首垂《うなだ》れて
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