ったのかと思って、先ず何という事なしに、二階のお部屋へ行って見ますと、脱ぎ捨てた着物の間から例の不思議な手紙を見付たのです。場合が場合だったので、思切って開けて読んだのです。それは或男から来た強迫状で、今夜の九時に五百|磅《ポンド》の金を持ってパラメントヒルへ来なければ、貴女の秘密を公にする計りでなく、娘の生命を奪ってしまうというような事が記してありました。私は喫驚して林小父さんにそれを見せますと、小父さんは顔色を変えて、母さんを救う為にたった今、家をお出になったのです」
 坂口はそれを聞くと突如、手に持っていた帽子を被って戸口へ歩みかけた。
「今から直ぐ私も行ってきます。伯父に万一の事でもあると大変です」
「ああ、貴郎がいらっしゃれば、母さんも、小父さんも、どんなにお気が強いでしょう。九時といえば既《も》う十分しか間がありません。すぐいらしって下さい」
 坂口はビアトレスの言葉を後に聞流して玄関を出た。自動車は全速力でハムステッドへ向った。
 坂口は暗い車の中で、何を考える余裕もなく、行先計り急いでいた。そのうち彼の乗った自動車は地下鉄道の停車場前を過ぎて、公園の入口に停った。坂口は
前へ 次へ
全50ページ中26ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
松本 泰 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング