ク旅館の給仕と称する男から電話がかかった事から、見知らぬ男のために手足を縛られ、その上、猿轡まではめられて、五階の一室に監禁されたまでの一|什《ぶ》始終を語った。
「それで私はどうなる事かと思ってじっと目を閉じているうちに、外はすっかり夜になり、段々お腹は空《へ》ってくるし。たまらなくなったのです。どうかして手首の自由を得ようと頻りに※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]《もが》いて居りますと、誰かが鍵をガチャガチャやって部屋へ入って来ました。それが林小父さんだったのです。真実《ほんと》に私はどんなに嬉しかったでしょう。小父さんは手早く縄を解いて私を戸外へ連出して下さいました。私共が表へ出ると、誰かが追かけて来るようでしたが、幸い旅館の前にタクシーが止って居りましたので、自動車を急がせてから、少し前に家に戻ったところです」
 坂口は胸を躍らせながらビアトレスの話を聞き終ると、やがて気が附いたように、
「伯父は何処へ行きました」と四辺を見廻しながらいった。
「私達は家へ帰りましたが、女中の話で母さんが心配して外出なすったきり、未だ帰っていらっしゃらない事を知りました。何処へいらし
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