私です」坂口は大声に叫んで後を追かけたが、二人は慥《たしか》に後を振向きながらも、そのまま一散に疾走し去った。
 坂口は公園の角まで馳って、やっと空いたタクシーを見つける事が出来た。先へ行った車は、とっくに姿を失って了ったが、坂口はそれに乗ってクロムウェル街に向った。土地馴れない運転手は、大迂廻《おおまわり》をしてようやくコックス家の前へ辿りつくと、坂口はイライラしながら車を飛下りて石段を馳上るなり、烈しく扉を叩いた。
 玄関はすぐ開かれた。彼は呆気にとられている女中を押除けるようにして、居間へ躍込むと、ビアトレスがたった一人、真青な顔をしてオドオドと戸口を視詰めていた。
「ああよかった、貴女は無事にお帰宅になっていましたね」坂口は呼吸《いき》を喘《はず》ませながらいった。
 ビアトレスは坂口の顔を見ると、ホッと安堵の溜息を洩らした。
「自動車が家の前へ止ったから、誰が来たのかと心配していたのよ。貴郎で本統によかったわ。私は悪漢《わるもの》のためにパーク旅館の五階に監禁されていたのです。それを林小父さんが救い出して下さいましたの」ビアトレスは思出すさえ恐ろしそうに身を慄わせながら、パー
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